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考えたこと~「リッツ本」

2010年02月08日

ritz
『リッツ・カールトン物語』(日経BP社)より

アピックスに入社してから、
社史や広報誌など、
いろいろなお仕事に関わらせていただいてきました。

そのなかでも「ホスピタリティ」という題材は、
私の結構大きな“初めて”をたくさん持っていきました。

初めてのテープ起こしは2009年2月の「四方さん取材第3回」でした。
初めての取材、初めての出張は同年3月、「四方さん取材@名古屋」でした。
そして、初めて大宅文庫で検索した単語も「ホスピタリティ」だった。
読んできた資料も、恐らくダントツで多いように思います。

いま、本当にこれが「本」になるのだという
ラストスパートのなかで、また“初めて”がたくさんある。
そして“初めて”を重ねる度に、
自分の身の回りで起こっている出来事について、
自分の身の回りにあるものについて、
再度、しみじみと考えさせられています。

本というのは小さい頃から、別に普通に、
当たり前のようにあるモノでした。

この「あったりまえにあるモノ」ができあがるのに、
技術的な面でもこれだけのことがなされていて、
これだけの人が動いている。
目の前の1冊は、
私の“初めて”だらけの1年に値するものがバックにあって
初めてカタチになったもの。
例えば、先月コンペに参加するまで、
学校案内1冊に「コンペ」というドラマがあるということを、
参加者の気持ちなんかを想像するほどリアルには考えていなかった。

こうしたドラマを想像する時、
それぞれにかけられた時間や労力、思いには差があるでしょうが
1冊1冊、なんて貴重なものなんでしょう、と思います。
「モノを大切に」って、当たり前だなぁと感じる瞬間です。

知ること、体験することの力と価値は、
それを感じることができるところにあるように思います。

いつもどおりのまとめですが、
世の中の仕組みを知るというのは、
そういう「つながり」や「しがらみ」を知ることであり、
だからこそ思いやりとか心づかいが生まれるのだろうなと。

「ホスピタリティ」の企画で
“初めて”を重ねるなかで、そういうことを何度も思えた。

shoko

リッツ・カールトン本が形になるのをひとつの区切りに、
こうしてたくさんのことを経験させていただいた1年で学んだことを、
“2度目”に活かすことを意識していきたいと思います。

miotobi

考えたこと~スタイリスト

2009年12月22日

mohi

原宿にあるヘアサロンのスタイリストさんが、
新人がぽっちゃり系であることが許せず、
痩せるように指導しているという話を友人から聞きました。

自分がスタイルいいからって、酷な……
少し前なら、スタイリストさんに対して
そう思ったかもしれませんが、
「職業本」的な考えかたからすると、
残念ながら、スタイリストさんの言うことがとても良く分かる。

町の美容院ならいい。
でも「原宿のサロン」で
美を提供する仕事をする人間が、
ぽっちゃりで平気でいる。
上司から注意されているのに、お菓子を食べまくる──
それが許せないと言います。

スタイリストさんは、太った人でも、太った美容師でもなく、
「原宿のサロンで働くぽっちゃり系美容師」
が許せないと言っているだけなのでした。

ブランドイメージもありますし、
「かわいい子が入ったね」と言われるのが
サロンのステータスでもあるといいます。
モデルとは違ってそこが本業ではありませんが、
確かにそういう部分でサロンに
+αの価値が与えられるように思う。

その価値を認められないのであれば、
町の美容院や、イメージにうるさくないサロンを選べばいいだけの話。
そういうことを大切にするサロンで、
そういう雰囲気の中で働きたいのなら、
まず自分が、
サロンが大切にしていることを大切にしなければならない。

美容師に限らず、ひとつの企業のために働く第一歩は、
大切なものを一緒に大切にする姿勢だなぁ、と思いました。

そのひとつが細身だなんて、
ファッションの町で働く美容師さんたちはなかなか大変です。
でも、ちょっとお菓子をガマンしてスリムでいることで、
本当にそこが“自分に合っている”職場なら、
自分も上司もハッピーになるのかもしれません。
なぜなら本質的に、いいスタイルを保ち、いつもオシャレして、
かわいい先輩に教えてもらい、センスの良いお客さんと接する──
そうしたことを心地よく思うはずである人が、
こういうサロンのスタイリストになるべきだからです。

反対に、「町の美容院」のなかには、
逆に気負いしすぎていないほうがいい、
というお客さんが多いところも絶対にある。

同じ職業でも、企業によって大切にすることは様々です。
向く、向かないも、職種の問題だけではなく、企業次第だったりもする。

自分自身、企業が大切にすることを見極めて
きちんと職場を選ぶことができれば、
みんながハッピーになるのかもしれません。

miotobi

日報より/視点

2009年12月15日

社内週一配信の「日報」より。

starbucks

誰も声高に「必要だ」と言わない仕事というのがあります。

こういうものが欲しいんです、
というオリエンのない仕事。

つまり、実際に必要であっても
クライアントが必要性を強く感じていないケースです。

例に挙げているのは、昨日打ち合わせをした某案件ですが、
この種類の仕事からは、
そもそもなんでやってるのかな? を問われます。

催促の嵐のなかで原稿を書くのはきついし、
スケジュールぎりぎりの入稿もきつい。
しかもすんなり通らなくて注文がつくのは、
もちろんラクじゃない。

そういう状況のなかで書かないと伸びない、
って前に書いたのは、いまでもそう思っています。

でもやっぱり、
原稿の出来であったりスケジュールであったりを、
管理して、催促して、注文をつけてくる
クライアントやディレクターは有難い存在で、
誤解を恐れずに言えば、
いることでラクな部分はたくさんある。

オリエンのない仕事に、
他者が設けた締め切りはないし、
完成度の判断基準は自分と自分の会社にしかありません。

であれば、その原稿なり制作物が実際に動く場所=最終地点を
いつも自分が見ていなければいけない。

プロセスがどれだけねじれて (←愚痴)
納得のいかないやり取りがあっても、
このケースは途中で文句が言えません。

「だって、必要だと思うからやってるんでしょ?」

すべての答えはそこにあるし、そこにしかない。

本当は、どんな仕事でも、
この視点だけで動かなくちゃいけないんですね。

が、どこかで、手離れの場所を近くに探してしまう。
クライアントが出すべきものを出してこなければ、
こっちの手を止めてもいいと思ってしまう。

だけど私たちは、
スケジュールっていう約束を守るために仕事をしているんではないし、
原稿に見合った対価をもらうためだけに書いているんでもないわけです。

社会への浸透、価値観共有、学生募集、求人、IR…
それすらゴールじゃなくて、
その結果、社会がどこかでいいほうに回転していく。

それを祈るからやっているわけで、

本来あたりまえのそのことを、
忘れることはなくても、
忘れたフリをする自分はいます。

だから、戒めも含めて。

Asa.s

考えたこと~「募集」してみて

2009年11月13日

tobi

アルバイトさんが決まりました。

今回書かせていただいたアルバイト募集要項は
クライアントを相手にしたお仕事であれば、
これで応募がきますよと言って提出し、お金をもらうもの。
業務内容のなかにある広報やPRを
アピックス自身のために行うという意味で、
お仕事で原稿を執筆するのと同じような緊張感がありました。

「自分が電話を受けた人が実際には来ないのは、自分のせいや」

という、取材の時の園長先生の言葉を思い出していた。

アルバイト募集のチラシを見て、電話してみて、微妙に感じ悪くて、
「やっぱやめよ」と思うのは本当に簡単です。

私は「アルバイト募集のチラシを見ました」という電話を受けた時、
「どうしてもここでバイトしたいかも!」
と思ってもらえるような最高の対応を瞬時にできなかったので、
やっぱり園長先生のおっしゃるとおりだった、
と反省していました。

こうした諸々の理由から、応募が来ないことを
仕事がたまってしまうということを抜かしても
残念に思っていましたし、責任を感じていました。

そんなわけで、ある日の朝、
机の上に3通履歴書が置いてあって、大変嬉しかった。
電話をくれた方と履歴書を送ってくれた方、
同じかどうかは分かりませんが。

アルバイト募集ということひとつでも、学ぶこと、反省すること、
また、四方氏や園長先生がおっしゃることを実感する瞬間も多いです。

とはいえ、実際のところは期待のほうが大きい。
今回の何よりも大きな収穫は、「募集」が
当事者にとってこのようにウキウキするものであるというのを
身をもって知ることができたことです。

こういう人が必要なんだ! という思い
そして新しい人が仲間として
来るかもしれないというウキウキ・ワクワク感。

世の中に出される「募集」にはそうした期待が込められている。
当たり前のことです。

しかし今回のアルバイト募集で、これからは
求人・募集のなかにあるそうした思いに、
もっともっと敏感になれるような気がしています。

miotobi

日報より/固有名詞

2009年11月10日

社内週一配信の「日報」より。

starbucks

前にも書いたような気がしますが、

どんな企画や受注案件について話をするときにも、
具体的な固有名詞をもって
あーだこーだ話すことに意味があると。

ライターの立場で仕事してるとき、やたらに無口だったりします。
いつも無口ですけど。(嘘)

なんだろう、しゃべりたくないというのでもないんですが、
耳だけ機能していればいいかなっていう。

「まぁ、じゃあとりあえず書きますので」

っていうスタンスしかないと思ってるので。

これはこういう意図で…みたいに言ったところで、
原稿読めばわかるわけだし、
言わなきゃわからないなら
そもそも意図が書けてないってことだし。

つまり、原稿書いてるときは
原稿そのものが固有名詞なんですね。

こんな感じ、あんな感じ、というのは
書いて始めてコミュニケーションに持ち込めるもので、
アイデアも意図も責任も、
原稿のなかに入れる。

それ全部原稿でわかってもらって、
原稿で良し悪しの責任をもつっていう。

そういうつもりで書くことは、
ラクではないし、
スピードが求められます。

でもだから、そのぶん伸びるやりかたなのだと思います。(たぶん)

Asa.s


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