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「分」について

2009年07月14日

boss

歳をとって達観できるようになってからならばいざ知らず、
人間というのは、
自分が正しいと思うことだけをやればいい、
というものではない。

なぜならば、
正しいと思っていることは、
非常に少ない経験の上、
狭い世界の中で成り立っていることが多く、
「幻想」に過ぎない可能性があるからだ。

特に若いうちは、
狭い世界に閉じこもらずに、
積極的に世界を広げていく姿勢が不可欠である。
「縁」を通じて得られたもの、
あまり合理的でないものが、
自分にとって思いのほか大切な役割を演じてくれることは
決して少なくない。

数学のように
正解が限定される世界であれば別かもしれないが、
人生に正解など存在しない。
その意味では、
自分が正しいと思っていることに対して、
常に謙虚である姿勢がきわめて大切になる。

私は神戸出張時にSさんとお会いして、
BARなどで飲み物を注文する際、
たいていSさんと同じものにする。
これは一見、主体性がないようにみえるけど、
Sさんの“世界”を教えていただくことで、
自分の世界が確実に広がる。

例えば、一人で同じBARに行ったら、
おそらく夏であれば1杯目にモヒートあたりをいただき、
そのあとはシングルモルトをロックで頼むだろう。
これは自分が知っている自分の世界。
確かに美味しいし、
予想を裏切られることはない。

でも、せっかくご一緒させていただくのであれば、
Sさんが好まれる“味”を体験させてもらったほうが、
新しい出会いがあるのではないか。
ワイン通のSさんに対して、
マスターがあれこれと考えを巡らして出すワインというのは、
めったに味わえない可能性が高いはずだ。
実際、そうした機会に出会ったワインが気に入り、
あとで個人的に購入したこともある。

自分なりの哲学や信念を持つことはとても大切である。
でも、その過程において、
「他に学ぶ」姿勢を貫くことはもっと大切なことである。
独りよがりの哲学や信念など、誰も相手にしてくれない。

自分なりの哲学や信念は、
意識せず自然に形成されていくものである。
あらゆる世界に対して心を開き、
学ぶ姿勢を繰り返すなかで、
磨かれていくものである。
逆に言えば、分をわきまえ、
素直・謙虚になること──
これらを誠実に重ねていくことを通じてしか、
本当の意味での哲学や信念など生まれようがない。

Taka



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