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一冊の周辺 ― 『N・P』

2015年05月21日

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通っていた高校は地方都市にある進学校で、
部活生は少なくなかったけれど
ほぼみんな、3年生の夏に引退したら受験勉強を始めた。

そのままスポーツを続けたり
プロの世界をめざしたりする人は少ない。

隣の敷地にあった姉妹校は、
スポーツの強豪校で、
多くの部が、毎年のように全国大会に出場していた。

所属していた陸上部の顧問の先生が
1年生の秋に学校を辞め(先輩たちは“蒸発”と言った)たあと、
コーチのいない時期が長くあった。

引退したり卒業したりした先輩たちが
顧問代わりを務めてくれたけれど、
毎日来られるわけではなかったし、
もともと中距離走の選手がひとりだったので
競争相手もいなかった。

そういうわけで、姉妹校の練習に
混ぜてもらうようになった。

姉妹校の女子中距離チームに
髪が茶色くて色白で、明らかに校則違反の制服の着方をした
Aというきれいな女の子がいた。

初めて会ったのは、校外の練習場所に行くために
Aがひとりで駅まで迎えに来てくれた時で
「ぜんぜん陸上やってるって感じじゃない女子高生が行くから」
と説明されて、笑ってしまうくらいすぐに分かった。

指定されたショートカットを守り、
目上の人の前で自分のことを「自分」と呼び、
朝練のためにジャージを着て集団で登校する姉妹校のメンバーのなかで
Aは圧倒的に浮いていた。

そのせいかいつもひとりでいたから、
よそ者として混ぜてもらっていた私が
Aと一緒に行動するようになったのは、
自然な流れだった。

定期テストや模試の前に
私が練習を休むと
「えー、まさか勉強してたの?」と笑った。
そのあいだ、つまらなかったみたいだった。

チームメイトはたくさんいるのに、
Aはそこに全然なじまなかった。

私はといえば、少しずつ受験を意識して
部活のほうが適当になっていく自分のチームに
曖昧な気持ちを抱いていたけれど
そんなことを言いながら
自分もいつか部活を辞めて
受験勉強を始めることもわかっていた。
Aも私も、それぞれの中途半端さを自覚して
その中途半端さを持て余していた。

Aの浮き方も周りのAへの対応もあからさまになってきた頃、
「うちの高校つきあってくれる?」
と頼まれて、グラウンドからAの学校に向かった。
「どこ行くの?」と聞いてみたら
「野球部の部室」と言われて、ひるんだ。

Aの高校はどんなスポーツも強かったけれど
とくに野球部は歴史のある名門校で
規律の厳しさも監督の怖さも有名だった。

Aはそこのキャプテンと付き合っていた。
恋愛禁止のうわさは、うわさではないはずだった。

野球部の下級生が舎弟みたいに控える部室への道を、
Aはすたすた歩いていって、
窓をこんこん叩いた。
「熱闘甲子園」で見たことのある選手が顔を出した。
Aはその人に向かって「○○いる?」と聞き、
少ししてキャプテンの○○さんが顔を出して、
「何?」「明日試合なの、バッグ貸して」
というやり取りのあとにスポーツバッグが渡された。
赤いミトン型の手袋の両手を伸ばして、Aはそれを受け取った。

空気は不自然に緊迫した。

「ありがと。帰ろ」

彼氏から、バッグを、
そんなふうにしか借りられないことはなかったはずだった。

AはAなりに鬱屈して、そして開き直ったんだなと思った。


部活を引退して中途半端に勉強を始めて、
現実逃避みたいにたくさんの本を読んだ。
その時に読んだ『N・P』という小説に、「萃」(すい)という名前の女性が登場する。

人はみんなひとりだと知っていて、
だから完璧に自立していて、
自立しているからこそ
不意に寄りかかることで人の心をさらってしまう。

主人公が萃に抱くその気持ちに、身に覚えがあった。


『N・P』 吉本ばなな (角川文庫)



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