FC2ブログ

一冊の周辺 ― 『南の島の星の砂』

2014年11月25日

IMG_1008

ある年の夏前に
飲んでいた席で「沖縄行きたくない?」と誰かが言って
本当に行くつもりで予定を空けておいたのが
Eと私のふたりだった。

さかのぼって数年前、大学に入学して初めて学校に行った日、
お昼を食べようと思って食堂の列に並んでいたら
前にいたコテコテのギャルが
誰かとしゃべりながら前を向いたまま
ほいっとお盆を渡してくれた。

一瞬ためらったら
ちらっと振り向いて
「ん」
と言った。

受け取れ、ということなのだろうと思って、いただいた。
「ありがと……ございます」

それがひとつ年下のEとの出会いだった。

4年間を一緒に過ごして
みんなで飲んだり旅行に行ったり誰かの家に寝泊まりしたりして
どんな集まりのときも一緒だったけれど
浮かれた恋愛以外の話をした覚えがない。

ふたりでじっくり語ったりしたことは
ほとんどなかった。

沖縄の話になったのは
卒業後にひさしぶりに集まった飲み会だった。

「行ける?」

とEから電話が来て、そのぶっきらぼうな「行ける?」のなかに
自分と二人きりみたいだけどいいのか、という
戸惑いがあるのがわかったし
こちらが思っていることもだいたい同じようなものだった。

那覇空港について、レンタカーを借りて乗り込んだ。
助手席で偉そうにしているものかと思ったら、
いまさら「運転まかせちゃってごめんね」とか言うので困った。

膝に広げているガイドブックを見ると
信じられない数の付箋が貼ってあって、
おまけにそれぞれに一言メモみたいなものが書いてあった。

ホテルの部屋でトランクを開けると
浮き輪やら何種類もの水着やサンダルやら雑誌やら
いろいろなものがたくさん出てきた。

準備といえば、美味しいお店をいくつか人に聞いてきただけの私は
呆気にとられた。

携帯のアラームを平日どおりの時間に
セットしたままだったのを忘れて寝て、
起きたら8時を過ぎていた。
置いておいたはずの携帯は枕元になかった。
彼女はいない。

探して適当にドアを開けたら、

シャワールームの鏡の前で
髪にドライヤーをかけながら
勢いよく怒ってきた。


ちょっと信じられないなんであれだけ
アラーム鳴ってんのに寝てられんの?
呼んでもたたいても起きないしさぁ、
スヌーズの消し方わかんなくてうるさいし
トイレでもシャワーでもこの携帯持って
いちいち消してたんだよ。もー……
レッツゴーじゃないよ。


最後のはなんだ?

と思ったら、そのときアラームに使っていたのが
ラップ調にアレンジされた「天国と地獄」で、
「Let's go!」という変なかけ声からはじまった。

それ流れるたびに消してくれてたのか、と思って笑ってしまった。

海まで車で出かけて、潜ったらコンタクトレンズに傷が入った。
スペアはホテルに戻らないとないので
片目で運転するしかないかなと思っていたら
危ないじゃんあたし運転しようか、
と言ってきた。

大学時代に小さな事故を起こしてから、
ハンドル握るのが怖くなったことを知っていたので迷ったけれど
任せるしかない。

パーキングで練習させろと言って、
わーとかきゃーとかねぇそっち見ててねとか
ひたすら不安そうにして、
10分後には国道の右車線を走りながら
「ちょっとー前のクルマ遅いんだけど」
と言っていた。

カフェでゴーヤジュースを飲みながら
改めてその付箋だらけのガイドブックを眺めていたら、
ちょっと恥ずかしそうに言ってきた。

だって、なんかずっと楽しみでさ、
その本なんて一カ月も前に買っちゃたよ。

数年後に呼ばれた結婚パーティーで
南の島のチャペルで家族で挙げた式のDVDが流れた。
椰子の木の前で笑うウェディングドレス姿が可愛かった。

沖縄で、しょうもない連れを相手に
楽しそうだったEを思い出して、目の前がぼやけた。
ぼやけた景色の向こうで目が合った。
パーティーだからただ楽しく騒ぐつもりだったはずの花嫁が
いきなり泣き顏になったのが見えた。


沖縄のことはこの人の歌で知った。
歌詞にも、雑誌や本で語られる内容にも、
島の運命に対する怒りと哀しみがにじむ。

だから行ってみたかった、というのもあった。

どこか神妙な気持ちで訪れて
「ポロメリア」の歌詞を思い出しながら見ていた風景に
楽しかった記憶がきちんと重なるのは
短い旅行のためにたくさんの準備を重ねるようなEと
一緒に行ったからだったと思っている。


『南の島の星の砂』 Cocco (河出書房新社)



最新記事