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一冊の周辺 ― 『流れ星が消えないうちに』

2014年09月19日

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面倒見の良くない姉だった子どものころに、
弟や妹のいる友達とのあいだで
他人のきょうだいをうらやましがったことがあった。

上の子は損だとか、○○ちゃんが自分の妹だったらいいのにとか、
本当はそれほどそう思っていないのに、フリで不満を言い合った。

小学校からの帰り道だった。
駅まで続くまっすぐな道を歩いていた。

 「でも」

黙って隣を歩いていたRが言った。

 「でも、自分の妹だから褒めるのはへんだけど、
  私は、自分の妹は杏子がいいし、交換したくない」

踏み出す足の少し前の路面を見つめながら、
穏やかにきっぱりと言った。

なんでそういうふうに言えないんだろう、と思った。
Rはかっこいいなと思った。

高校2年生の冬、Rは亡くなった。

夏にプールで一緒に泳いだ記憶はない。
マラソン大会は厚いコートを着込んで見守っていたし、
キャンプの夜に先生が私のいるテントにだけ何度も様子をのぞきにくるのは、
そこにRがいたからだった。

半年前にもらった手紙に「病室で書いてます」と書かれていて、
それが初めての入院なんかではないこともよく知っていた。

それなのに、死んでしまう可能性など、一度も考えたことがなかった。

同じクラスにいたのは4年生までで、
5年生になってからは休み時間を待って
ふたつ離れた教室にいるRに会いに行った。
図書室の前に、冷たい水が出てくる給水器があって、
そこまで行って水を飲んで帰ってくるというコースを歩きながら、
手短にそれぞれの出来事を報告した。

中学校進学で離れ、やり取りは手紙になった。
私が通った地元の中学校の体育祭にRは遊びに来て、
友達に囲まれていた。
ふだん手紙でたくさん話をしているのに、
会えたらただうれしいだけで言葉が出てこなかった。


悪い冗談だろうと思っているうちに終わってしまったお葬式のあとに、
Rのことばかり考えた数週間があって、
そのあとにRの誕生日が来た。
17歳になるはずだった。

お葬式では話せなかった。
信じることも認めることもできていなかったから、
ただ教会に行って、写真のRを見て、帰ってきただけだった。

やる気が出なくて部活を休んでいた帰り道に、
今日はRの誕生日だと気づいて、
今度こそ話がしたいと思った。
淡いオレンジ色の花束を買って、Rの家に電話をかけた。

 「もしもし」

聞こえてきたのは、杏子ちゃんの声だった。

言葉につまった。
お誕生日だからお花を持って行きたいんだけど迷惑ではないか、
ということをなんとか伝えたら、

 「うん、待ってます」

と、笑いを含んだ声で答えてくれた。

杏子ちゃんは、Rの通った私立の中学校への入学を控えていた。
制服の採寸が終わって今日届いたのだと見せてくれた。

着て見てもらったら? とお母さんが言ってくれて、
じゃあ待ってて……と言って
真新しいセーラー服を着て出てきた姿には、
杏子ちゃんを自慢の妹だとためらわずに言ったRの面影があった。

襟のデザインがかわいかったので、
うしろも見せて、と言ったら
くるっとまわって照れくさそうに笑った。

どれほどRに見てほしかっただろう、と思った。

私はたぶん杏子ちゃんに会いたかったのだ、と
ずっとあとになって分かった。
死んでしまった人は、残された人間をつなぐ。
それぞれの思い出を持ち寄って、その向こうに故人を思うことで、
悲しさに絡め取られることから抜け出せる。
『流れ星が消えないうちに』という本には
たぶん、そういうことが描かれている。

仲の良い女友達に対して私が
いつも抱いている感情の
原点はRだったと思う。

近づいてくるとうれしい一緒にいるとたのしい笑っていると照れくさい。

そういう気持ちの、
はじまりにいつもRがいる。


『流れ星が消えないうちに』 橋本紡 (新潮社)



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