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一冊の周辺 ― 『鉄輪』

2014年08月12日

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海岸線にそって無数の盆提灯が並んで、
暗い砂浜がその夜だけ明るく照らされていた。

盆送りに合わせた祖母の帰郷についていったときのことで、
親戚の中心的な存在だったおミツおばあちゃんの初盆だった。

人の生死にまつわる儀式への意識は、
都会にいると希薄になる。
住んでいる場所は都会ではないけれど田舎でもないし、
毎日、24時間の半分は都心にいる。

祖母の故郷は海辺の町で
砂浜に座って遠い親戚たちと一緒に
お刺身を食べ、缶ビールを飲んで
犬と遊んだり、海に入ったり、
親戚の誰かとまちがえられて
知らない人に話しかけられたりした。

熱気とアルコールと人に酔いながら、盆提灯を見上げた。
人が、生きて死んでいく、ということに対して
頭で考えているのでもなく、
心で感じているのでもなく、
手のひらで触っている感覚があった。

こないだ赤ン坊だったのにお嫁さんだもんなぁ!

結婚した年の夏だったので、
子どもの頃によく遊んでもらったおにいちゃんが
赤い顔で言った。

ひさしぶりやろう、と引っぱられてきた人の顔を見ると
昔よく遊んでくれた同い年の元・男の子で、
すでに両親のいない身だった。
「おぼえてる?」と聞いたら「あさこちゃんやろ」と笑った。

何度も訪れた場所ではない。
それでもなぜか、
祖母の故郷はいつも私にとっての故郷でもあった。

人の数が多すぎて、関係がややこしすぎて、
誰が自分にとっての何に当たるのかほとんどわからなかったけれど
この海辺の町の人々の血と私の血は確かにつながっていて
そのことを漠然と感じていた。


『鉄輪』の舞台の鉄輪温泉は、
祖母の故郷から近い場所にある。
著者は、大きな温泉街の旅館だった実家の没落とともに
さびれて鄙びた鉄輪の町に移った。

車窓の外を映した写真に添えられた
「まだ何も手にしていない者の不安と底なしの自由」
という言葉が、読後、ひっかき傷みたいに記憶に残った。

盆送りの翌朝、飛行機に乗る前に鉄輪に寄ってもらった。

この町に“流れて”きた著者の、
あの途方もない不安と苛立ちのうしろに
この景色があったんだ、と思った。


『鉄輪』 藤原新也 (新潮社)



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