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一冊の周辺 ― 『800 TWO LAP RUNNERS』

2014年07月09日

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ある時期、くりかえし見ていた夢があった。

何度も見る夢ありますか、と
仕事場で飲んでいたときかなにかに訊いたら、
「大学の合格発表の掲示板に自分の番号がない夢」
と返された。

そんな夢は見たことがなかった。
そこに自分からも他人からも期待をかけられたことがなかった。…残念ながら。

くりかえし見たのは、「マラソン大会で1位になれない夢」だった。

高校時代のことで、そのとき陸上部にいた。
女子の部員は4人だけで、
そのうち中距離走と長距離走をやっていたのは私だけだった。
隣にあった姉妹校はスポーツの古豪で、
そのメンバーに入れてもらっていつも走っていた。

だから、1位以外に選択肢はなかった。
自信はあるようでなかったり、ないようであったりした。

クラスで仲の良かった女子バスケ部のキャプテンは怖かったし、
短距離をやっている友達のうちふたりは長距離も苦手ではなかった。
剣道部の2年生に速い人がいるらしい…といういらない情報も入ってきた。

そういうわけで、マラソン大会の2カ月くらいまえから、
ほぼ毎日、1位になれない夢をみた。
順位は2位だったり2桁台だったりいろいろだったけれど、
いつもきまってプールのなかを進むように手足が重かった。
目覚めていつもほっとした。

自信がなければ、こんな夢は見なかっただろうと思う。
99%確約されているはずの結果を、実現すべき日に実現できるか。
プレッシャーってこれか…と思った。

大会当日、ゴールまでの最後の直線に入る角を曲がったら
誰かが叫ぶ声が聞こえた。
陸上部を引退した3年生の先輩が、
ゴールテープの横で私の名前を叫んでいた。

ほかに観客はいない。
校内の記録会みたいなものでお祭りではないし、
観ているのはレースを先に終えた男子くらいのものだった。
それに、そもそも3年生は授業中のはずだった。

タイムをカウントする先生の声のほかは静かな校内に、
叫ぶ先輩の声だけが響いていた。

校舎の上のほうの窓がいくつか開いたのは、
ゴールシーンを観るためではなくて、
誰だ叫んでるのは、ということだったと思う。

ちょっ…先輩。。。と思いながらゴールして、
もうあの夢は見なくていいんだな、と思った。


『800 TWO LAP RUNNERS』は、先輩が貸してくれた本だった。
種目を選ぶときに「800をやれ」と言ってくれたのも先輩で、
800メートル走という競技のきつさも難しさも面白さも、
その先輩とこの本から教わった。

800を走るふたりのランナーと、
それぞれの恋人との恋愛模様が描かれていて、
レースの最中とSEXの最中の描写が鮮烈だった。

高校時代、先輩には彼女がいて私にも彼氏がいて、
先輩はずっとただの先輩だったけれど、
この本を読んで、本のなかで展開されるレースと恋に触れると、
800メートルという距離と、
マラソン大会と、もう見ることのないあの夢と、
先輩の顔を思い出す。


『800 TWO LAP RUNNERS』 川島 誠 (角川文庫)



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