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一冊の周辺 ― 『村上ラヂオ』

2014年06月18日

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あれは夢だったのかな…という変な感じで記憶に残っているうなぎ屋さんがある。

確かここで仕事を始めて最初の冬に
連れていってもらったはずで、
その日は雪が降っていた。

神社に参拝した帰り道にお店があって、
うなぎ食っていこうか、という感じで寄った。
というのはおそらく記憶違いで、
はじめから「神社→うなぎ屋さん」のコースは決まっていたのだと思う。

いずれにしても、これからどこに行くのかとかどんな予定だとか
そういうことを知らないまま
ただあとをついていく程度に幼かった。
道もわからず視界も狭く、雪の足跡をひたすら追いかけた。

うなぎ屋さんには離れのような二階建てがあって、
二階のお座敷の、窓のそばに座った。
ほかにお客さんはいなかった。

うな重にたどりつくまでの料理を、ぽつぽつ話をしながら食べた。
新しい料理が届くたびに、
一階の引き戸を開け閉めする音と、
階段をのぼる静かな足音が聞こえた。
うざくも肝焼きもうなぎの茶わん蒸しもみんなおいしかった。
雪は降りやまなかった。

夏前に入社して、会ってから1年足らず。
食事しながら緊張するほど馴染んでいなくはなかったけれど、
身内だけだからとくつろぐほど慣れてはいなかった。

結果、距離を計りかねていた。

まるで親戚の家みたいなお座敷で、
前に座るふたりはくつろいでいるように見えて、
家族か何かかと錯覚するようなシチュエーションと、
降りやまない雪に閉じ込められてる感が、
余計に距離感を曖昧にした。

話の内容はもちろん憶えていないけれど、
ただ、仕事の話はしなかった。
テレビとか家族とか昔話とか、そういうどうでもいいことを話した。

仕事をするために仲間に入れてもらって、
仕事でつながっている人たちと、
仕事と関係のない話をしながらうなぎを食べた。

今、いくつかある自分の居場所のなかで、
ここにいるときは安心していて良いのだと思い込んでいる。
そう思うようになった境目が、たぶんこの日だった。


うなぎはどこか特別な食べ物だと思う、
と書かれた「うなぎ」というエッセイを読むと、
人生に味方が増えた(ような気がしている)あの日をなんとなく思い出す。

夢だったのかも……と思ってためしに数年前に訊いてみたら
うなぎ屋さんはちゃんと実在していた。
しかもさっき食べログページをのぞいたら
「TOP5000」のマークがついていて、
記憶は夢のままにしておいてもよかったかも…と思ったり思わなかったりした。


『村上ラヂオ』 村上春樹 (新潮文庫)



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