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一冊の周辺 ― 『雪が降る』

2014年05月19日

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去年の年末まで、月に一度、都内の某仕事場に行く用があった。
10年くらい前からずっと参加している会に
出席するためだった。

20代半ばの頃にその会でプレゼンテーションを教わり、
開催地が大阪から東京に移ってからはマーケティングと広報を学んだ。

生徒としてただ教わる立場でいた会は、
すこしずつかたちを変え、主催者の
「病院で目標喪失症候群って言われてさ、朗読が効くんだって」
という言葉でいきなり朗読会になった。
会のメンバーの約1/2は経営者で、それぞれが次の代にバトンを渡しつつある時期だった

本は出席者が持ち回りで選んで、
みんなでたくさんの作品を読んだ。

『謹訳 源氏物語』を読んだ時に、
某社の社長が「左馬頭」の声色を似せて……
……何に似せているのかも分からないのに似せて読むのが
私のツボに入って、順番が来ても笑って読めなくて会を中断させたりした。

声に出して本を読むことに、誰も慣れていなかった。
職業柄、文章を読むことに慣れているので
噛まないということでいえば私がマシなほうだったけれど、
その、耳ざわりの決して良くないそれぞれの読み方には、
上手下手で計ることのできない魅力があった。

上手な朗読が、物語へと人を自然にいざなうものだとすれば、
彼らの朗読は、人の心をいきなり掴んで物語へと放り込んだ。
読み方に職業が見えた。
何をして生きてきたのかが聴き取れた。


順番がまわってきて、選んだのが、短編集『雪が降る』の表題作だった。

広告会社に勤めていた著者が書いた
業界と会社を舞台にしたひどく切なく透明感のある物語で、
それを、彼らの声で聴いてみたいと思った。

メールをひらくはじまりの場面。
取引先からのクレームにあざやかに対応する場面。
恋人の忘れ形見である少年と対面する場面。

どの声が描写するシーンにも、それぞれの生きてきた道が重なって見える気がした。

席順の偶然から、会の主催者であり恩師である人が
物語のクライマックスに当たった。

「そしてきょう、もし会えれば…」

雪の第三京浜で亡くなった恋人が、主人公に宛てた手紙のところだった。
物語の主人公は、どこかこの人に似ているとずっと思っていた。

本を選んだ意図は、伝わってしまっていたのだろうと思う。
バブルと不況をともに経験し、それぞれの分野で働き
会社を切り盛りしてきた経営者たちは
「実際はこんなかっこいいもんじゃなかったよ」と
揃っておなじことを言った。


『雪が降る』 藤原伊織 (講談社文庫)



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