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一冊の周辺 ― 『キッチン』

2014年05月14日

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Kくん元気にしてる? と
母がたまに聞いてくる。

Kくんというのは、
幼稚園から中学校までほぼ同じクラスにいたKのことで、
母が言ってくる頻度より少しだけ多く、
私もときどき、K元気にしてるかな、と思う。

ずっと同じ地域で暮らしているので、幼なじみはKだけではない。
だから、母がKのことをとくに聞いてくるのは、
不思議といえば不思議だった。

だって可愛かったじゃない。

なんでKだけそんな憶えてるの? というようなことを
聞いてみた時、母はそう言った。
人に好かれる人だな、という印象は確かにずっとあった。

十代後半になってからも、
年末年始の飲み会や冠婚葬祭でKに会える機会は多かった。

おかーさんが、元気かって。
と最初に伝えた時、ちょっとびっくりした顔をして、
次に会った時に「おばさん元気?」と聞かれた。

小さい頃から友達で、ずっと同じクラスにいたというだけのことで、
Kのことをそれほど知っていたわけではない。

おまけにKは見た目が怖かった。

背が高くて、大学生の頃は茶色い髪が目元を隠していて
歩くとアクセサリーがジャラジャラ音をたてた。
無駄に派手で、ついでにいちいち面倒くさそうにしゃべるので、
話しかけるのにいつもちょっと勇気が要った。

十代の終わりの頃、Kのお父さんが亡くなった。

友達とふたりで弔問したのは斎場が閉まるぎりぎりの時間で、
弔問客はもう私たちしかいなかった。
すぐにKを見つけたけれど、互いに曖昧に目礼しただけで
かける言葉は上手く見つからなかった。
急なことではなかったし、いつも明るいお母さんの声が、そこまで聞こえてきていた。
それでも早い別れであることには変わらない。

ご焼香に向かう私たちに、ヒマになっていたらしいKは、
なんとなくついてきた。互いに黙ったままだった。

遺影に頭を下げたタイミングで、
いきなりKが言った。


ごめん、その線香、火、点きにくいんだよ。


…今それめちゃくちゃどうでもいい。
お線香に火が点きやすかろうが点きにくかろうがどうでもいい。

ただ、やっと言うことが見つかって安心したみたいな声の
その言葉を聞いた瞬間、Kが好かれるわけがなんとなく分かった。
や、大丈夫、ちゃんと点くよ。
とちゃんと答えることができて私も安心した。


吉本ばななの小説の登場人物はいつも
えっ、今? というタイミングでどうでもいいことを言う。
『キッチン』の主人公の「みかげ」やおかまの「えり子さん」はその常連で、
『N・P』にも『哀しい予感』にもそんなシーンがたくさんある。

そのタイミングとどうでもよさはとてもリアルで、
人間という生きものを、
リアルに底抜けに愛しく思わせてくれる。


『キッチン』 吉本ばなな (角川文庫)



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