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マイ・タイワン・ストーリーズ

2012年10月22日

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マンゴーをふんだんに使った氷菓が名物で、
とくに年配の世代には親日派が多く、
女の子が元気でかわいい(注1)──
実際に訪れるまで、私のなかの「台湾」は、
誰かの言葉の切れ端を
書き写したものでしかありませんでした。

けれども、数日の滞在とはいえ
自らの足で(ずいぶんタクシーのお世話になりましたが)
彼の地を踏みしめてきたいま、
私には自分の言葉で留めておきたい「台湾」があります。

思わず目を細めた風景や
口にした料理、
そして微笑んでくれたひとの表情が
心に沁みとおったからです。


とりわけ、
ジェスチャーだけで差し出した日本へのポストカードに
切手を貼ってもらった郵便局でのひとこまは、
忘れがたい“冒険”の記憶です。

「異国の地で郵便を出す」という、
言葉にしてしまえばたったそれだけのできごとですが…

雨宿りした軒先の向こうが、
示し合わせたかのように郵便局だったことと、
とりあえず列の後ろに並んだ私に
整理券を取って手渡してくれた先客のおじさんの存在が、
10元の切手をぺたっと貼ってもらった瞬間を
特別なものにしています。


百聞は一見に如かず──

いままでこれを、
耳で「聞く」ことで得られる情報と
目で「見る」ことで得られる情報の多寡(あるいは精度)を
比較したものだとばかり思っていました。

しかしこのことわざの核心は、
対象に「自ら触れよ」という点にあるのだろう
と、今は思います。

社史の執筆に際しては、
膨大な一次資料を受領し、またそれでも足りなければ、
当事者の方から直接お話しを伺います。

企業の歴史を活字として留めるうえで、
記述する情報の「正確性」を期すのは当然のことですが、
必要となる情報に自ら触れることによって、
理解の向上はもとより、対象への共感が、またときには愛着といった感情までも
湧き上がってくるのが面白いところです。
(社史の原稿で、書き手の共感や愛着を表現することはありませんが、
執筆を進める上での強力なモチベーションとなります。)


何かを深く知ろうとするなら、
とにかく自ら触れること。
それを抜きにして、何事かを語ろうとすることがいかに野暮なことか。
日常会話ではあまり使うことのないことわざを
つぶやきながら、肝に銘じます。

*注1:
自身の著作や独自に運営するウェブサイトで
台湾の魅力を発信する染色家・兼フォトグラファー青木由香さんの
軽妙な筆致がさえる『好好台湾』より。
実際のところ…たしかに!!でした。  


sora



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