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受信

2010年07月27日

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好きな仕事とか向いてる仕事っていうのは、
一般的に、自分発信のものをいいます。

相手の満足も、社会の前進も、
自分から“発信”して、何かを生み出すことが好き。
そこに喜びも誇りも痛みもあるっていうふうに。

一方で、“受信”という考えかたがあります。

たとえば音楽を聴いて、
個人的な好きとか感動とか以上の
評価は私にはできないし、することもないです。
そこにかけられた努力と時間の量も、
込められた心のサイズも、感じる以外はできない。

だけど、原稿なら、わからないのはマズい。
感覚ではなく、だから責任が伴うものとして
“わかる”って言えなきゃいけないし、
社内で書いた原稿や、オリエン資料や、
クライアントが入れた修正に
気持ちが込められているかそうでもないのかを
正しく“受信”できることが、
この仕事が好きで向いてるってことなんだと思う。

書いた人がどれほど楽しんで書いたか、
伝えることにわくわくしていたか。

それをキャッチできたことにほっとしたり、
あるいは誰かが書いたとてもいい原稿を、
いいってわかってよかった。。。と胸をなで下ろした回数は、
いいものを書けて喜んだ回数より多いもしれません。

キャッチできる力の有無で、
相手のモチベーションを上げることも折ることもある。

だからこそそれは、発信できる力の有無以上に大切で、

「自分は何も作れないけど、いいものはわかる」っていう白洲正子さんの
“目利き”の覚悟は、“作る人”の覚悟より大きかったかもしれない。

なんてことを、ふと思いました。

Asa.s



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