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ハンド

2010年07月09日

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最近、日報にサッカーネタがやたら多いが、
W杯期間だということでご容赦を。

ウルグアイがガーナをPK戦で破って4強に進出したが、
一躍ヒーローとなったのが、
相手ゴールを両手で止めて防いだFWスアレスである。
延長戦もロスタイムに入り、
一発退場となっても人数が減るリスクはない。
それならば、レッドカードになっても、
負けない可能性のあるPKを選択した、というわけである。

私はその判断自体に、とやかく言うつもりはない。
ただ、このことに対するマスコミの反応には、少々驚いた。

「ウルグアイを救った“神の手”セーブ」

この見出しに代表されるように、あきらかにヒーロー扱いだったためだ。
「よくぞやった! 彼の機転がなければ確実に負けていた」
というわけである。

──これって、変じゃない?
まあ、ウルグアイ国内のマスメディアであれば、百歩譲ってよしとしよう。
でも、中立的な立場からみれば、かなりおかしい。

比較するのが適切じゃあないとは思うけど、
なぜか私は野球の江川投手の「空白の1日」を思い出した。
ルール上は確かに問題とはならないかもしれない。
でも、ルール上許されれば、何をやってもいいのか、
と問われれば、そうではない。
ましてや、これはスポーツの世界での話である。

江川投手があれだけ叩かれて、
今回はヒーロー扱いというのには納得いかない。
前者が一個人の私欲の問題で、
後者は勝利のための究極の判断だったから、
本質が違うとでもいうのだろうか。

実は小学5年生の頃、放課後、
クラスメートの大半が残ってよくサッカーの試合で遊んだ。
その際、クラスで1、2を争う秀才君が、
ウルグアイのスアレスと同じことをやった。
その時の反応は複雑なものであった。
「ああ、さすがに頭がいいなあ、すごい判断力だなあ」と感心する一方で、
「それじゃあ、サッカーの面白さがなくなるな」
と感じた者も少なくなかった。

ひと言で言えば、
「あったまいいなあ、でも、きったねーなっ」
ってとこである。

当時の小学生が抱いたこの感情を、
いまの大人たちには求められないのだろうか。
それは、当事者である選手や監督はもとより、
応援しているサポーターや国民も含めての話である。

とくに、今回のケースは、
延長戦のロスタイム間際の出来事であり、
次の試合に出場停止になる以外、リスクはない。
であれば、同じシチュエーションであれば、
何度も同じシーンが繰り返される可能性もある。

──このことを憂い、問題提起するマスメディア、
あるいはスポーツジャーナリストが、
どこかにいたであろうことを、願ってやまない。

Taka



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