FC2ブログ

汚れた手

2010年06月18日

161828

「便利さ」を伴う技術革新は、プラスとマイナスの両面を併せ持つ。
クーラー、携帯電話、メール、ペットボトル、MP3、……。
当然、利用する者にとっては画期的なものだが、
使い方を誤れば周囲や環境に「迷惑」をもたらす。
これは「当たり前」のことである。

しかし、これまでの産業政策は、企業側に対して、
「マイナス」面に対するフォローをほとんど義務づけてこなかった。
「国際競争力が殺がれる」「税収が減る」、
あるいは「政財のもたれ合い」という理由からであろう。

それでも、かつての日本人であれば、
マイナス面の存在もある程度理解し、
バランスをとる知恵があった。
「人の迷惑にならないように」という躾も行き届いていた。
「お天道様が見ているよ」という意識もあった。

ところが、いまの日本は、
昔に比べて経済的にははるかに豊かになったにもかかわらず、
精神的には貧しさを極めつつあるなか、
この「当たり前」が通用しなくなった。
「自分さえ良ければ」いいと考える人たちにとって、
「マイナス」面なんてどうでもいい、というわけである。

考えてみれば、
アピックスが企画・編集した書籍
『リッツ・カールトンの究極のホスピタリティ』も、
よくよく読めば、
ひと昔前の日本であれば
「当たり前」のことばかり書かれた本かもしれない。

「相手のため」を大切にする。
「相手が喜ぶこと」が自分の幸せに結びつく。
これって、ごく普通の日本人が普通に持っていた感覚であり、行動指針である。
ある意味では、いまのような利己的な世の中になったからこそ、
「良書」と言われるのであろう。

クーラー、携帯電話、メール、ペットボトル、MP3、……。
これらは一例に過ぎない。
昔から存在する自転車や、キャリーバッグだって同じである。

「当たり前」とは考えない人たちに対して、
メーカーは、マイナス面を最小限に抑えるべく、
きちんとした「教育」義務を果たすべきである。
いや、メーカーだけでなく、公共の場、
例えば鉄道会社や劇場、あるいは自治体などにも責任がある。
政府や地方自治体は、
「マイナス」面に対するフォローを義務づける産業政策を講じるべきである。

そんな負荷をかけたら、日本企業がグローバル化時代に勝ち残れないよ
──という意見が幅を利かすのであろうが、
グローバルスタンダードが人間を幸せにするかと言えば、
まったく逆の方向にいっているのは、
誰の目にも明らかだ。

日本が、あるいは日本人が、
これまでになんらかの「誇り」というものを築いてきたのであれば、
「企業本位」「産業本位」ではなく、
「市民本位」の国づくりに徹するしかない。
「市民本位」の国、産業、企業が、結果として高い評価を受けるはずである。
その意味で、“日本発のスタンダード”を作ればいい。

金がすべての社会に、幸福など存在し得ないのだから。

Taka



最新記事