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コスパのよい人生

2015年11月17日


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食べるのも好き、寝るのも好きな私は、
社会人になってむくむく太った。
夜遅くにめいっぱい食べ、
消化もままならないままに
ベッドに潜り込んでいたからである。

社会人三年目で自分の体に嫌気がさして、
突如目覚めたかのごとく糖質制限生活を
開始し、だいぶ体形は持ち直したものの、
相変わらず食べることは好きである。

うすっぺらい財布を見つめて考えてみると、
ほとんど食費に消えているように思われる。
私は「倹約せねば!」と声高に叫び、
これまた突如、食費を切り詰めだした。

不況時代の落とし子である私は
脳内を埋め尽くす「コスパ」という単語に
すっかり洗脳され、慎ましく過ごすこと数日。
池波正太郎著「食卓の情景」にて、
とある一節を目にする。

 大好物のすし一皿を食べることによって、
 女ひとりが老母と子どもたちを抱えて
 立ちはたらくエネルギーも生まれてくる、
 ということになる。
 それほどに、
 「食べる」
 ということは、たいせつなものなのである。

 (中略)

 しかし、人間というものは実によくできている。
 死ぬときのことを考えていた翌朝、
 あたたかい飯と、熱い味噌汁と、
 好物の焼海苔を口に入れた瞬間に、
 「生きていることの幸福」
 を感じるように、できているからだ。


そうだ、食べることは生きることだ。
生きることを倹約してどうする?

身を縮めて冷やご飯を咀嚼するより、
多少散財してフルコースを堪能したほうが
幸せなひとときを味わえるだろう。

たとえ懐は寒々しくとも、
心から満足できるものを食べていた方が
人生の「コスパ」はいいのかもしれない。

hagi

「価値」を作るもの

2015年11月05日

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先日、とあるイベントに赴きました。
テレビ収録を兼ねたもので、社会人向けの講義を
著名人が行うとのことで、招待していただき某大学へ。

芸能人枠としては武井壮さんが登壇されていました。
全講義を拝聴しましたが、
武井さんの講義に一番衝撃を受けました。

最も心をえぐられたのは
「価値というのは質の高さで決まるのではなく、
 それを求めている人の数で決まるのです」
という言葉です。

極論ではありますが、
どれだけおいしいパンを作っても
誰もそのパンを知らなかったら、
果たしてどれだけの社会的価値があると
言えるだろう、ということでした。

武井さんは無名時代から多くの賞をとり、
日本一になった競技もありましたが、
それが世間で少数にしか求められていない
マイナーな競技であったゆえに、
いつまでも花開かなかったそうです。

スポーツ選手は企業から協賛されなければ
生活が成り立ちませんから、各々営業をします。
しかしマイナーな競技だと集客力がなく、
企業側からするとメリットを感じにくいのです。

もちろん好きな競技を極めることは
価値のあることですが、
自身の生活苦が続くなか
周りの友人たちのスーツが立派なものに
様変わりしていくことが耐え難かったそうです。

とはいえ、「競技変え」も簡単なことではありません。
スポーツ選手は、自分の競技を専門的に極めていきます。
それは、その人が本来持ち合わせている身体能力が
まんまるの円だとしたら、それを同じ面積のまま、
ひたすら縦に伸ばして細長い楕円にするようなもので、
一点集中型になっていきます。

選手がその枠の一歩外側に出てしまうと、
たちまち素人になってしまうことも多々ある世界なので、
不調になったり壁を感じたりしてもそこから出るのが怖くて、
悩みながらその競技を続ける人がとても多いそうです。

そうなってしまうからこそ、スポーツの道を選ぶ時には
「自分は何がしたいのか」「どんな人生を送りたいのか」
今一度よく考えてから踏み出すべきだと
おっしゃっていました。

その競技で能力を高めたいのか、
スポーツ選手として名を広めたいのか。

極論なので賛否両論あるかと思いますが、
私は自分がスポーツと縁遠いためか、
そういったスポーツ界の現状や課題を知らなかったので、
目から鱗、終始感心しきりでした。

また、質だけ高めても厳しいというメッセージは
かなりショッキングだったものの、
腑に落ちる部分がありました。

たとえばSNSで、自分が祈るようにして書いた文章より、
パーティー模様が華やかに映し出された写真が
注目されることはざらにあります。

文章を書いている身としても、
自分がどこでどのようにして価値を創造したいのか、
常に問い続けなければと背筋を伸ばしました。

hagi


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