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ありがとうでは足りないほどの

2012年11月27日

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「太感謝了」

という中国語をおそわったことがあります。

どこかの専務が、
北京出張中にホテルのクラブで
水割りを作ってもらって言った。

「たいがんしぇら」

それでもう大爆笑。どこかの社長がそう話していました。

意味は「かたじけない、感謝の念に堪えない」。

「謝謝」(ありがとう)では足りないほどの謝念。

水割りを作ったくらいでそんなことを言われたおねえさんは
さぞびっくりしただろうと思うのですが、

いまそんなきもちです。

Asa.s

恩師

2012年11月21日

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『eric』 Shaun Tan

小学生時代の担任がとても素敵な先生だった。
3~4年の2年間、「生活日記」なるものを毎日書かされた。

“書かされて”いただけに、苦痛の連続だったが、
下校前に戻される日記は密かな楽しみでもあった。
生徒一人ひとりに、赤字で感想が書かれていたからである。

誤った考えを記した日記には、
疑問を喚起させるような赤字が、
親に対する何気ない行動を綴った日記には、
予想外の賞賛の赤字があったりもした。

内容の良し悪しを問わず、
自分の書いたことに、真正面から向かい合ってくれた。
その積み重ねを通じて、大切な何かを教わった。

この先生、ある真冬の朝、
ストーブ(コークス)をつけず、
数十分にわたって、教室の窓を開け放しにした。

「これが0℃だ。よーく身体で覚えておきなさい」

どんな教科よりも印象に残っている授業である。
そして、いまでも体感で寒さの基準(=0℃)がわかる。

CM演出家で映画監督でもあった市川準さんは、
かつて美術学校時代、
「きょうは雨の音がなかなかいいから、雨の音を聞きましょう」
という、奇妙な授業を経験したことがあるという。
先生は、唐十郎さんだったそうである。

心に刻まれた授業。
いまは亡き恩師に、心から感謝。

Taka

TTR

2012年11月19日

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3年くらいまえに、
某出版社が本に関するイベントを主催していて、
そこにおかださんと出かけた。

そのイベントは、ものすごく端折って説明すると、
皆で
同じものを見て、
同じことを言い、
同じことを考えよう、と促すものだった。

ひぇ~。。。と思った私たちは
会場を抜け出して、タクシーに乗って、
時間がなくて行けていなかった
六本木の本屋さんに行った。

それがTSUTAYA TOKYO ROPPONGI だった。

自由で、想像の余地があって、
本も人も、個が個であることを
最大限に肯定されていた。

その日の経緯がよけいにそう思わせたのだと思うけれど、
それからいつも意識しようとしている。
「本周辺」ならなんでもいいわけじゃないってことを。

「読書」「普及」というキーワードのもとでなら、
どんな取り組みも礼賛されるような状況になりつつある今だからこそ、
本の何を伝えたいのかを、
見失っちゃいけないんだぞ、と。

Asa.s

Pray

2012年11月16日

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 「…そして私たちは過去の歴史のなかに、他国のために力を尽くした人々の存在を知りました。

 (略)…支援とは無償のものですが、一方でかつて受けた支援に対する“恩返し”もまた

 支援のひとつのかたちなのだと考えます。

 “なぜ祈ってもらえたのか”の理由を先人の存在に見ることは、

 今を生きる自分自身に“どう生きるか”を問いかけることへとつながります。

 この問いが、将来の生き方を考え、自らに与えられた役割を探そうとする行動に…(略)」

 (教材「Pray for Japan」ガイド(仮)に書いたこと)


あの地震に対して、具体的で直接的な行動を起こしたひとりが
制作にかかわってくれたことで
このテーマはきれいごとじゃなくなった。ような気がします。感謝。

Asa.s

出品

2012年11月06日

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SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSさんの
「Share the Book」という取り組みに
出品させていただいています。

手放していいと思ったのではなくて、
好きすぎてふたつ手元にもっていたものから1冊ずつ。

月並みな言いかたですが、胸をえぐられる気がした4冊です。

『鉄輪』 藤原新也

『雪が降る』 藤原伊織

『シティ・オヴ・グラス』 ポール・オースター

『傷痕』  北方謙三

Asa.s


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