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心地よき空間

2009年06月25日

nagoya

こんな居酒屋に似合う人間になりたい。
と思った。

16時の開店とともに続々とお客さんが訪れる。
相席は当たり前、顔見知りの常連さんらしき人と言葉を交わす人から
黙々と食事とお酒を楽しむ人まで、「お一人さま」も結構いる。

お客さん皆が同じ徳利を並べている。
食べ物は、カウンターに行って自分で好きなものを取る。
店内の1階が満席だと気づいたのは、17時半頃だった。
ざわめきがかえって気持ちよい。

そこが好きな人しかいない。
そう感じる、心地よさがあった。

翌日、岡田さんがここについて書かれた記事のコピーをくださった。
「100年も続く伝説の居酒屋」、とある。
「若輩は遠慮を」という噂まであるらしい。

料理はおいしくて値段も素晴らしく良心的だったけれど、
値段ではない、お店とお客さんとで作り上げられてきたその空間が、
私にとって最高に唯一でハイグレードだった。

こんな居酒屋に似合う人間になりたいとは言ったものの、
私などにはまだ早い、というのが現状かと。
せめて、あんな場所に「誘ってやりたい」と
たまに思いついてもらえる若者でありたい。
空間が人を選ぶ。
そういう空間に選ばれた人もまた、“連れ”を選ぶものなれば。
そうしたら、私も徳利を並べよう。

miotobi

「大甚本店」
名古屋市中区栄1-5-6

太宰治生誕100周年

2009年06月19日

dazai

本日、映画「人間失格」の製作発表記者会見に行ってきました。

まだクランクインしてないからか、出演者や製作者の方々も、
やってみなきゃどんな映画になるかわかんないよって雰囲気があったような・・・。

まあそれは置いておいて、
企画発案者である角川会長は、世界各国での公開を視野に入れているとのこと。
つい最近、フランスの映像作家が太宰治のドキュメンタリーを制作していると話題になりましたが、
日本の文学が世界にも受け入れられるのは嬉しいかぎりです。

「監督、原作のどういうところに魅かれたんですか」
「言葉じゃ説明できないから、映画を撮るんじゃないか」

そうですよね。

「半径4メートルの世界」
koji

「一流」について

2009年06月16日

boss

リッツ・カールトンでは、
「従業員もまた紳士淑女である」
をモットーに掲げている。
これは、従業員とお客さまの関係を「対等」と位置づけるとともに、
従業員に対して「一流になりなさい」と促すものでもある。

『一流』を目指すことは大切である。

某経営者セミナーの講演者の方は、
「一流になるには、どうしたらいいですか?」

と質問した女性新入社員に対して、こう答えたという。

「一流だと、思えばいいんです」

そして、「まず一流を体験することです。体験しないと分からない」と続けた。

一流の眼を養うには、
本物を見続けることが一番の早道であり、
それを繰り返すうちに、
本物と偽物とを見分ける感性が身についてくる、と。

「海外に行く時に、ファーストクラスに乗ってごらん。
エコノミークラスと比べて、その違いに一流の意味が分かります」

それは無理と思うなかれ。
私とてビジネスはともかく、
ファーストクラスにはいまだかつて乗ったことがない。
でも、彼は「ファーストクラスのトイレを見に行くだけでもいい」と
言ってくれる。

「誰かがトイレから出た後、すぐ入ってごらん。
手を洗うボールの周辺、ダストボックスの周辺、便器を見たらいい。
エコノミークラスは、手洗いボールの周りは水でびしゃびしゃ、
髪の毛が何本も落ちている。
一方のファーストクラスは、自分が使った後、
ちゃんと手洗いボールの周辺は拭いてある。
ダストボックスも、ちゃんと紙タオルが捨ててあるはずだよ」

一流になるためには、一流の人間の振る舞いを見る。
そして、“自分も一流であれ”と考えて行動することを習慣づける。

時々伝えていることだが、
ジャンプする必要こそないけれども、
背伸びはおおいにしたほうがいい。

意識して背伸びをしなければ、
本物(=一流)を見ることも、本物と接することもなかなかできない。

常に“いまの自分”よりも少し高い位置へと背伸びする。
そこで、本物を体感する。
そのためには、「自己投資」が欠かせない。

中途半端なものに金や時間をかけるのではなく、
めりはりをつけて、できる範囲で「背伸び」する。

同じ酒を飲むなら、たまには「本物」を味わいたい。
それも、“自腹”で経験したい。

そこで初めて、「本物」に近づけるからである。

「背伸び」することは仕事、とりわけ企画において、とても大切なことである。
『一流』は『一流』をつくる。

“自分も一流であれ”と考えて行動する──私も常に意識して習慣づけたい。

Taka

異故郷のニオイ

2009年06月11日

guatemala2000jpeg_convert_20090611221554.jpg

ラテンアメリカ関係の企画が何かできないかと考えながら、
最近、現地で撮った写真や、買ってきた書籍なども見直しています。

グアテマラ、ソロラのアティトラン湖の畔にて。

2000年、まだデジタルカメラが普及していなかった。
現像されたこの写真を初めて見た時、焦ったのを覚えています。
撮った時のエピソードなんておかまいなしに、なかなかいい写真だったからです。

これは、後をついてきたこの子どもたちに「写真撮っていい?」と聞き、
「写真は1ケツァール(当時約15円)よ」と言われて撮ったもの。

コージーの「写真は嘘をつく」の話じゃないですが、
のどかな船着場、かわいい子ども、女の子たちの民族衣装──
写真を見た人は、子どもたちが観光客(私…)に1ケツァールもらって、
並んで、カメラに視線をくれた「その瞬間」=「グアテマラ」だと思う。
それでいいのかと考えていたら、焦燥感がフツフツと。

私の場合、事実や行動、歴史に文化の良さとか美しさではなくて、
善悪は関係なく、そこに「人間臭さ」を感じることが、
人や国に対する理解や愛着への入り口です。
「写真は1ケツァール(当時約15円)よ」。
インディヘナの現状を、よく表している。寂しくもあるが、写真よりも人間らしい。
「瞬間」からもう1歩2歩踏み込んで、そこから掘り返して嗅ぎ取りたい。

miotobi

ドキュメント

2009年06月05日

dog

アラーキーこと荒木経惟氏がどこかの雑誌で、
写真は嘘をつくと言っていました。

例にあがっていたのは、戦争により壊滅的な打撃を受けたある都市の写真。

民家は瓦礫の山と化し、食料を求める人々が列をつくる。
老若男女交じり合い、ただただ長い列だけがつづく。
母親は幼子を抱えながら小さく肩を落とし、列に加わることすらできずにいる。

現地の悲惨な状況は、写真を見ればすぐにわかります。
けれども、そこに悲壮感は感じられない。
その原因について荒木氏は、色をあげていました。
写真に写る多くの人が着ていた服は、原色だったのです。

撮影の仕事をしていると、その意味が良く分かるような気がします。


「半径4メートルの世界」
koji

おかださんのアイス

2009年06月01日

ice

夏が近づいてくると、
うちの代表(岡田さん)は
とてもしょっちゅうアイスを買ってくれる。

仕事を始めたばかりの頃は、

ほらアイスでも食べて頑張んなさい。

といわれているのだと思っていた。

それも、もしかしたらあるのかもしれないけど、
ああこのひとはアイスがすごく好きなんだ、
とシンプルに気づいたのはわりと早い時期だったような気もする。

パチンコで勝つと月岡さんが買ってくれるアイスは
岡田さんのアイスよりずっと高級品で、

「好き」という軽さに対して
それよりももうちょっと強い味がする。
勝利、という感じの。

いまアイスの話をしていたら、
「千疋屋自家製 ロイヤル・マスクメロン・シャーベット」
というすごいアイスがあるんだよ、とおそわった。

ロイヤル・マスクメロン・シャーベット。

値段¥10,815-。

ふたりが揃って競馬に行くのは、次はいつかな。。。

Asa.s


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