FC2ブログ

読書案内02

2017年09月22日

IMG_9963_convert_20170922104222.jpg

「高校生と、かつて高校生だった人のための読書案内」

読書案内

2017年09月14日

IMG_9846_convert_20170914101628.jpg

「高校生と、かつて高校生だった人のための読書案内」
声をおかけした方々の協力を得て進行中です。

宝物

2016年03月12日

26BooksForYou

昨年のクリスマスに宅急便のお兄さんが
「ちょっと重いですよ」
と持ってきてくれた大きな箱のなかに
26冊の本が入っていた。

生まれたばかりのチビのために
仕事場の皆が
選んでくれた絵本だった。

家族に対するそれと似た照れが
仕事場の皆にはあるもので、
最初に出てきたのは

どこにこんなことしてるヒマがあったんだい……

という感想だったけれど、
プレゼントでこんなに驚いたことはない。

今の時代に生まれたこと、男の子であること。
チビのことを思って選ばれたという意味で
彼にとってかけがえのないものである一方で、

これは推測だけれど
絵本を選ぶとき人は昔の記憶をたどるはずで、
数十年の時間を超えて
記憶から取り出された本には
選んだその人自身が確かに存在するという意味において、
26冊は私にとってかけがえのないものでもあった。


Asa.s

無料コンテンツの落とし穴

2016年03月08日

DSC00372.jpg

東村アキコ氏の「ヒモザイル」という漫画が
一話無料公開しており、炎上した。
インターネット上で批判が相次ぎ、東村氏自ら謝罪、休載となった。
この件から考察したいのは「無料コンテンツ」の危うさである。

“自身の冴えない男性アシスタントを立派な「ヒモ男」に育て上げ、
 バリキャリ30代女性とマッチングさせる”

という内容にあらゆる方向から批判が殺到したわけだが、
この作品はコミック販売にしていればなんの問題もなく、
むしろヒット作になっていたと思う。

過激な内容ではあるがおもしろいし、
話題性があるからこそ炎上したとも言える。
東村氏の別作「東京タラレバ娘」も、
かなり過激な内容ながら売れている。
「ヒモザイル」も批判が飛び交う反面、
応援する声は多かったのだ。

インターネットが普及して、情報が無料で得られるようになった。
今となっては当然のことなので忘れてしまいがちだが、
無料と有料では集まる客層がまったく違う。

「ヒモザイル」炎上事件は、
その客層の違いを踏まえずに情報発信すると
痛い目を見る、という典型的な例だ。

まず、有料コンテンツの場合、
ユーザーはそれに課金するか否かを判断する。

その時点で、コンテンツとユーザー間でのマッチングが図られ、
親和性の高い者のみが結合する(購入する)。
コンテンツに対して異を唱える可能性の高い者はふるいにかけられ、
精査される(購入しない)。

しかし、無料の場合は課金というハードルがないので、
一切精査されない。
フリーパスで入場してきたマッチング度の低いユーザーは、
すぐにコンテンツ批判をする。
なんの対価も払っていないため、内容の吟味をせず、
見た目だけで判断する場合もある。

これは、ラーメン嫌いがラーメン屋に上がり込み、
「なんだこれ、ラーメンじゃないか」
と見るなりクレームを入れてくるようなものだ。
(しかもその人たちはお金を払っていかない)

もちろん、コンテンツの質によってマッチングの割合は上下するだろうが、
趣味嗜好が色濃く反映される分野での無料提供はリスキーである。
認知度を上げたい場合は無料配布してもいいが、
その分批判も多くなるだろうことを覚悟すべきだ。

ここまで無料ユーザーの批判を悪質なもののように述べてきたが、
究極、批評は自由である。
藤子・F・不二雄氏の「エスパー魔美」という作品に、
思わず唸ってしまうような言葉がある。

「公表された作品については、みる人ぜんぶが自由に批評する権利をもつ。
 どんなにこきおろされても、さまたげることはできないんだ。
 それがいやなら、だれにもみせないことだ。
 剣鋭介に批評の権利があれば、ぼくにだっておこる権利がある!
 あいつはけなした!ぼくはおこった!
 それでこの一件はおしまい!!」


東村氏も「怒っておしまい」にして、
謝罪などせず、制作を続けてほしかった。
そうでなければ、無料公開するべきではなかったのだ。

hagi

「あの」ってやっぱり

2016年03月04日

あの夏


かなり昔、内田樹さんが、村上春樹は作品で「あの」という連体詞を
過去の共有感を引き出すうえで非常にうまく使っている、
と指摘している文章をnippoに書いた気がするんですが、
またもや強烈なものを目にしてしまいました。

関川夏央さんが『現代短歌 その試み』
で引いている小野茂樹という歌人の歌です。


  あの夏の 数限りなき そしてまた 
  たつた一つの 表情をせよ


有名な歌とのことですが、詩歌には疎いので恥ずかしながら
初めて知りました。

個人の(たぶん恋愛の?)体験を詠んでいながら
ものすごく普遍性がある。
たぶん、読んだ人は、いろいろな自分の経験を重ねあわせられる。
そして、痛切な回顧・懐旧ではあるけれども、
その瞬間を永遠のエネルギーにして生きていく前向きな感じがある。

年史でも、こういう印象を与える書き方ができれば、と。
そんでものすごく無茶な望みをいえば、全体でこういう印象を与える
年史がつくれれば、とも。
関川さんの表現でいえば、
「失われた時は『あの夏』という平易な、しかし浸透力のある言葉とイメージとで、
神速に凝縮する」


「まず自分の下腹を凝縮せーよ」
というご指摘は十分承知の上で励みたいかと。


moon hill


最新記事