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「付加価値」について

2009年10月26日

boss

「付加価値を高めること」が、ビジネスの鉄則となっている。
でも、この「付加価値」とは一体何であろうか?
近年、そのひとつとして
「価格」があまりにも大きなウエイトを
占めすぎているような気がしている。

ジーンズ業界が、悲鳴を上げているという。
ユニクロ姉妹店から980円のPB商品が出て、
ドン・キホーテから690円。

いくらなんでも異常である。
(かつて、電卓が100円ショップで売られている事態に唖然としたが、、、)

これらの多くは、中国などの廉価な労働力を活用したものであり、
“ある意味での搾取構造”の上に成り立っている。
そして、低価格志向の消費者がこうした動きに飛びつき、
リーバイスという老舗が窮地に陥り、
「ボブソン」ブランドは企業再生会社に譲渡されることが決まった。

イオンなどスーパーが
農産物を産地直送販売の動きを強めていることに対し、
新しい農林水産相は、
「強いものがバンと現金を持って何でも現地で買えばいいのか。
そのことが消費者にとっていいことなのか」
と疑問を呈している。

少し前のカンブリア宮殿で取り上げられた
「三元豚」ブランドで有名な平田牧場の新田会長は、
最大の取引先であったダイエーか
らの執拗な値下げ要求にキレて、
「明日から取引しない!」と激怒した。
生産者の血の滲むような努力を認めず、
ただ単に価格を下げることしか考えていないことが、
「人間として許せなかった」と言う。

その後、平田牧場は生協の消費者とともに、
自分たちだけの産直──コストをかけて丹精につくったものを、
その価値を理解してくれる人が買う──仕組みを作り上げた。

商店街にある小さな店でも、
そこにプロとしての誇りと職人芸が発揮されていれば、
スーパーと比べて高くても、分かる消費者は選んでくれる。
そこに、本来あるべき「付加価値」がある。

でも一方で、消費者のほうが「価格」「価格」と、
そこだけに価値をおくようになれば、
心ある職人たちはどんどん居場所を失い、
絶滅の危機を迎えるかもしれない。

その意味では、消費者にこそ「品格」が強く求められてくる。
正当な価値をきちんと認め、
対価を払って育てる社会──
それこそが成熟した大人の社会であり、
求められる理想社会とも言える。
日本は戦後、高度成長を遂げ、
経済的な豊かさや便利さを手にしたが、
多くの面において、明らかに後退し失っているものが
あまりにも多いように思えてならない。

そうした時代にあって、
アピックスがどのように「付加価値」を追求していくか、
大きな課題である。

Taka

日報より/軸

2009年09月18日

社内週1配信の「日報」より。

starbucks

「軸」って言葉が流行って早くも消えかけていますが、
表現はともかく、原稿には必須のものです。

ひとつの軸のもとにいろんな要素を寄せていく。
いるものといらないものを、その都度選ぶのではなくて、
ひとつの価値基準にそって拾ったり捨てたり…を判断していく、
というイメージです。

だから、何が軸であるか(≠何を軸にするか。軸は対象のなかにあるから)
を時間をかけて見つけることもすごく大事なんだけど、

自分が軸をもって生きているのであれば、
そのやりかたを原稿でもやる、
という感じなんだと思います。

自分が生きてるように書くってことじゃなくて、
物事に臨む方法として、
すごく近いんじゃないかということです。

こう質問されたらなんて答えるか。
誰かに相談されたらどう応じるか。
考え方を聞かれたらどう話すか。

自分のなかに自分のものさしがあって、
あらゆることへの「価値基準」と「判断基準」があるひとって、
いちいち答えることが違ったりしないでしょ?

人の意見を受け売りでしゃべったりしないし、
あっちかな、こっちかなって右往左往しない。

乱暴な言いかただけど、

意見を受け売りすることは、資料のコピペだし、
右往左往することは、どの情報が大事かを選んでないってこと。

どう言ったらいいのかな…
誰でも、原稿を書くことよりは、
生きることのほうが経験してるし、
自分のやりかたってできてると思う。

「そういうの、こう考えることにしてる」
っていうやつ。

自分のものさしをもっているひとは、
あらゆることにそれをあてて、計って、臨む。

テーマや対象がなんでも、
しっかりした原稿ってそれによく似てる。

と、思っています。

Asa.s

「分」について

2009年07月14日

boss

歳をとって達観できるようになってからならばいざ知らず、
人間というのは、
自分が正しいと思うことだけをやればいい、
というものではない。

なぜならば、
正しいと思っていることは、
非常に少ない経験の上、
狭い世界の中で成り立っていることが多く、
「幻想」に過ぎない可能性があるからだ。

特に若いうちは、
狭い世界に閉じこもらずに、
積極的に世界を広げていく姿勢が不可欠である。
「縁」を通じて得られたもの、
あまり合理的でないものが、
自分にとって思いのほか大切な役割を演じてくれることは
決して少なくない。

数学のように
正解が限定される世界であれば別かもしれないが、
人生に正解など存在しない。
その意味では、
自分が正しいと思っていることに対して、
常に謙虚である姿勢がきわめて大切になる。

私は神戸出張時にSさんとお会いして、
BARなどで飲み物を注文する際、
たいていSさんと同じものにする。
これは一見、主体性がないようにみえるけど、
Sさんの“世界”を教えていただくことで、
自分の世界が確実に広がる。

例えば、一人で同じBARに行ったら、
おそらく夏であれば1杯目にモヒートあたりをいただき、
そのあとはシングルモルトをロックで頼むだろう。
これは自分が知っている自分の世界。
確かに美味しいし、
予想を裏切られることはない。

でも、せっかくご一緒させていただくのであれば、
Sさんが好まれる“味”を体験させてもらったほうが、
新しい出会いがあるのではないか。
ワイン通のSさんに対して、
マスターがあれこれと考えを巡らして出すワインというのは、
めったに味わえない可能性が高いはずだ。
実際、そうした機会に出会ったワインが気に入り、
あとで個人的に購入したこともある。

自分なりの哲学や信念を持つことはとても大切である。
でも、その過程において、
「他に学ぶ」姿勢を貫くことはもっと大切なことである。
独りよがりの哲学や信念など、誰も相手にしてくれない。

自分なりの哲学や信念は、
意識せず自然に形成されていくものである。
あらゆる世界に対して心を開き、
学ぶ姿勢を繰り返すなかで、
磨かれていくものである。
逆に言えば、分をわきまえ、
素直・謙虚になること──
これらを誠実に重ねていくことを通じてしか、
本当の意味での哲学や信念など生まれようがない。

Taka

異故郷 (いこく) ~神戸~

2009年07月10日

kobe

今年の春、初めて神戸に旅行しました。
早朝に三宮駅に着き、にしむら珈琲店で朝食後、
異人館に向かいながらまず寄ったのが、北野天満神社。

ここにたどり着くまで、ほぼずっと上り坂です。
境内にはさらに階段があり、とにかく上れるところまで上れば、
誰もいない展望台に着く。

手前の小さな公園には梅の花が咲き、
高層ビルに挟まれた直線・大通りの先に、海がある。
鳥居と、高層ビル。神社から見る異人館。
もっと先には、南京町があるのを想像する。
伝統と科学、和と中と洋、
時代も文化もごちゃ混ぜなようだけれども、不思議と、
全部ひっくるめてこそ「今の神戸」という「統一された町」だと感じる。
多文化の共存を追い続けてきたことを誇るかのような眺めでした。

その後訪れた異人館や南京町などには、
自分たちが現在体現している
個々の歴史と文化に対する愛着がにじみ出ていた。

神戸は夜景が美しいということで知られています。
でも、明るい時に少しだけ考えながら景色を眺めて、
実際にたくさん町を歩いて、その中身を確かめておいて
良かった、と思った。
夜、明かりがたくさん灯っている美しさだけではなくて、
光のひとつひとつに、
歴史の重みとありがたみを感じられた気がしました。

何かを知る時、夜景を見るような気分になる時がある。
ひとつの企業だったり、イベントだったり、作品だったり、
全体がキラキラしていて、感動する時がある。
綺麗だな、で終わらせないで、
その光のひとつひとつの正体を明るみに出して、
美しいわけを探り続けたい。

ちなみにおみくじは、大吉。ありがたや。

神戸 2009年春
miotobi

太宰治生誕100周年

2009年06月19日

dazai

本日、映画「人間失格」の製作発表記者会見に行ってきました。

まだクランクインしてないからか、出演者や製作者の方々も、
やってみなきゃどんな映画になるかわかんないよって雰囲気があったような・・・。

まあそれは置いておいて、
企画発案者である角川会長は、世界各国での公開を視野に入れているとのこと。
つい最近、フランスの映像作家が太宰治のドキュメンタリーを制作していると話題になりましたが、
日本の文学が世界にも受け入れられるのは嬉しいかぎりです。

「監督、原作のどういうところに魅かれたんですか」
「言葉じゃ説明できないから、映画を撮るんじゃないか」

そうですよね。

「半径4メートルの世界」
koji


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